主治医との、初めまして

 癌の疑いがあるとわかってから一か月弱、体感的にはそれ以上の待ち時間を過ごした後、ついに初診の日を迎えた。
診察室のドアを開けると、そこには今後長いお付き合いになるだろう男性医師がこちらをみて微笑んでいる。

私は自分の名前を告げて、用意された患者用の椅子に腰かける。自宅からも職場からも比較的近いはずなのに、ここまで来るのがとてもとても長い時間だった。

ちなみに私の通院先は紹介制で、癌と確定されたか癌の疑いのある人しか受診することは出来ない。待合室にずらりと並んでいる人は、何かしら癌に関りのある人という事になる。おそらく、全国から患者が集まってきているというのもあるだろうけれど、一番最初に手続きや事前検査で訪れた日は、その人の多さに圧倒されたっけ。

こんなにも世の中には癌の人はいるのだなと、どこか他人事のような気持ちになりながら、癌患者向けのアンケートに答えた事を思い出しながら顔を上げる。

「こんなところまできて、驚いたでしょう?」

それが先生の最初の一言。
彼は私の目を真っすぐに見つめながら、こちらの緊張を解きほぐすかのよう、笑いながら語り掛けてきた。

「いきなり癌かもしれないって言われても、驚くよね」

年齢はおそらく50代後半くらい。落ち着いていて、リーダーシップに溢れてた紳士的な先生だ。後になって気が付いたのだけれど、ディズニー映画に登場するキャラクター、【ポカホンタス】のミーコに似ている、と言ったのはディズニー好きの妹だ。

確かに似ているので、ミーコ先生と呼ぶことにする。ちなみにミーコは性別不明ということを検索して初めて知った。

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ミーコ先生はモニターに映しだされている、石灰化の画像を眺めた後、再び私に向き直った。

「はい、それじゃあ、そこに横になって準備が出来たら教えてください」

先生に促され、カーテンの仕切りの中に入り、下着を取ってベッドに横になる。支度が出来たことを告げると、先生はカーテンを開けて触診を始めた。いつの間にか横には看護師さんがいる。きっとコンプライアンスの問題で第三者が同席することになっているのだろう。医療の世界も色々あるんだろうな。

先生は指先でリズミカルに私の胸を円を描くように叩いている。ところで、この触診の際、目は開けているものなのかそうでないのか。歯医者では治療のときは目を閉じる。胸の触診では皆どうしているのだろう。
未だに正解がわからないけれど、私は少し閉じるようにしている。緊張していると指摘されてからは、少し微笑むようにしていた。マスクの下でのほほ笑みには全く意味がない。

「ストレスとかあったかな?」

ミーコ先生の質問に、詳細は割愛するけれど東京砂漠で働くシングルのアラフォー女性の一人としていくつもの事が頭の中をぐるぐると回った。そう、少なくとも小一時間は回り続けられるだろう。
アラフォー独身女性(絶賛婚活中)ともなれば、周囲も驚く程の回転を見せるに違いない。それどころか、凍えそうな季節ではなくても愛をどうこう言いたくもなる。しかし、初対面の先生にそんな事を告げたら別の窓口も紹介されてしまうかも知れない。適度な距離感と分別は大事だ。

「はい、それなりに」私がそう答えると、

「そう。そうだよね。それじゃあ、着替えてください」

この触診も何度も繰り替えすうちに、「脱ぐ」に加えて「着る」という動作も素早く出来るようになった。とはいえ、早着替えをする機会は今のところ他にないので、披露をすることがない私の特技だ。当然履歴書に書くこともない。

「それじゃあ、一度全部検査しましょう。もう一度マンモグラフィ、エコー、MRIもしようか。その結果で考えよう」

先生はそう言いながら、パソコンのモニターを眺め、検査の日程を次々と決めていく。私も用意してきた手帳に「検査」と急いで書き入れる。

全てが終わったところで、先生が私の方を見ている。椅子のそちら側に座るまでに研鑽を積んできたのが一目でわかるような、それでも圧倒しないオーラ。自信に溢れた佇まい。

「頑張りましょう」

ミーコ先生はそう言いながら、私に手を差し出す。私はその手を握り返した。温かい。想像していた以上の強い力で長く握られ、指先から伝わってきた彼の体温に、これは現実なのだと改めて思う。そして、この先生になら命を預けられるなと、確信した。

繰り返すが、ディズニー映画に登場するアライグマのミーコに(※性別不明)先生は似ている。そんな初めまして、だった。

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